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心と経営の力学 【No.35】 社員の教育効果を本当に高めるための、重要な視点とは?

  「コロナウイルスの影響により仕事量が減っているため、この機会を活用し社員教育をお願いしたい」という、ご相談をいくつかいただいています。

「企業は人である」とよく言われますが、会社の成長や生産性を高めるために、社員教育は絶対に欠かせません。この点については、皆さんも異論はないでしょう。

だからこそ、社員の能力を高めようと、日頃から熱心にOJTを行ったり、勉強会を開いたり、社員研修を企画したりしているんだと思います。

ところで、このような教育にかける時間や費用を振り返った時に、実際の業務上の効果や成果に、どの程度繋がっているでしょうか?

・「相応の効果を上げているよ」ということであれば、 素晴らしい教育環境だと言えます。今のままで大丈夫でしょう。

・「社員によって成果が分かれる」、「教育した直後はいいんだけど、時間が経つと元に戻ってしまう」ということであれば、次の点を再考する必要があるかもしれません。

教育とは、言い方を変えれば脳の訓練です。新しい知識や技能を習得するとは、脳(神経細胞)の接続を強化、もしくは新たに構築していくことに他なりません。ちなみに、昔から「体で覚える」という言葉がありますが、これも実際には体ではなく、脳が覚えていくわけです。
 このため教育効果を高めようと思えば、必然的に脳の性質を抑えておくことが重要となります。

今回のコラムでは、会社の業績効果に繋げる教育を考えた時に、特に重要となる3点についてお話します。

1)臨界期を過ぎると、脳は自分の限界を学習してしまう。
 「臨界期」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?子供が生まれた後、さまざまな感情や知識を盛んに吸収していく時期の事を指します。この時期の学びや体験が、その後の思考や感情に大きな影響を与えることから、臨界期の教育やスキンシップは特に重要だとされています。

他方、脳には可塑性(柔軟に変化する能力)があります。もっとも可塑性が促進されるのは、環境の変化や、効果的な訓練・教育を受けた時です。

一方で、脳はある程度やっても「身に付かない」「効果がない」と判断すると「できない学習」をします。脳を効率的に利用するため限界を自ら設定し、その事に対してそれ以上(無駄な)エネルギーを使おうとしなくなります。なお、この性質は教育する側にも当てはまり、ある程度教えても効果がなければ、諦めるようになります。

会社における臨界期考えると、社員が入社して間もない時期は1つの大きなポイントと言えます。この時期は、環境が大きく変わり、社員のモチベーションも高いため、効果的な訓練を行うには絶好のタイミングです。子供の臨界期と同様、この時期に何を学ぶか、何を身につけるかによって、本人の自信も、その後の業務の生産性も大きく変わってきます。これについては、同様の肌感覚をお持ちの方も多いでしょう。

しかし、企業における実際の教育環境をみると、教育する側も、教育を受ける側も、各自の能力頼みになっていて、訓練制度や教育制度を仕組みとして整備している会社は少ないように見受けられます。

例えば、教育する側の「教育マニュアル」や、教育を受ける側の教材となる「業務マニュアル」、「作業マニュアル」を整備している会社は、どの程度あるでしょうか?

もちろん、マニュアルに沿って杓子定規に教育するのがよいと言っているわけではありません。教育効果を高めるためには、各自の能力に合わせて柔軟に調整する必要があるでしょう。また、状況や時代に合わせた改定も必要となるでしょう。しかし、足掛かりになるものがなければ、完全に人頼みとなって、会社にとって重要な人材育成が、ある意味「運任せ」のようになってしまうのではないでしょうか?

2)自分との関りが低い(と思った時)時には、脳は低消費電力モードで動く
 脳の重さは体重の2%程度に過ぎませんが、消費するカロリーは体全体の約1/4を占めると言われています。
 体重55kgの人が1日に2,000kcalを摂取した場合、このうち500kcalを脳で消費することになります。この消費量は徒歩約200分に相当します。なお、脳 ()を使えば使うほどカロリーの消費量は増えていきます。
 例えば、プロのチェスプレーヤーの場合、1日に6,000kcalを消費すると言われています。また、プロ棋士は1局で体重が2kg3kg減るほど大量のエネルギーを消費するそうです。

通常私たちは、とっさの判断が必要な時に備え、脳の消費エネルギーをできるだけ温存しようと、積極的に自動モードで(無意識的に)行動しようとします。 
 例えば、車を運転していて急に飛び出してきた子供に反応し、危ないと思うか思わないかのうちに、とっさにブレーキをかけられるのは、脳が効果的にエネルギー配分を行っているお陰です。

この脳の特性を踏まえて教育場面を考えると、さまざまなことに関心を示す社員や、成長意欲が高い一部の優秀な社員は、新しい知識や技能に魅力を感じ、高い集中力で習得してくれるかもしれません。しかし、もし教育に意義を見出せなければ、多くの社員は脳を積極的に使うことはないでしょう。 
 これは、いいとか、悪いという問題ではなく、脳本来の性質だと捉えて下さい。そのお陰で、危険回避ができるのですから・・。

このため教育する際に、「日々の仕事の中で、その知識や技能がどう活かされるのか?」が、十分紐づけできていないと、教育効果を高めることは難しいでしょう。

他方、教育を受けている時に、日常の仕事で使う場面が具体的に想起されると、学習効果を大幅に高めることができます。
 広く知られている脳の性質に「一緒に発火するものは、一緒に結び付く」という性質があります。これは、行為(思考)Aと行為(思考)Bが同時に行われた場合、脳の中では、それらの事柄が関係のある一連の情報として記憶されるため、どちらか一方(A)の事象が起きた時に、もう片一方(B)も自動的に反応が起きるという性質です。
 例えば「焼き鳥の匂いがしてきた時に、自然と冷たいビールが目に浮かぶ」といったケースがこれに相当します。また、スポーツ選手や噺家が、実際の試合や劇場で話している場面を具体的に思い浮かべながら、徹底的にイメージトレーニングするのも、この効果を狙ったものです。

3)使わないものは失われる。人は忘れる生きものである。
 「短期記憶」と「長期記憶」という言葉を聞いたことがあると思います。短期記憶は、現存する脳の神経細胞の繋がりを一時的に強化しているだけなので、手にいれるのもたやすければ、失うのもたやすくなります。一夜漬けのテスト勉強が、時間が経つとキレイに忘れ去られてしまうのはこのためです。

一方、反復訓練は、新しい神経細胞の結合ができるため、記憶はより長期間におよぶことになります。

この脳の性質を踏まえると、受けた教育が日常の仕事の中で生かされない限り、その知識や技能は時間とともに失われることになります。
 ある意味当然と言えば当然で、筋肉を一時的に強化しても、その後使わなければ段々弱っていくのと、まったく同じ原理です。

いまから約500年前、中国明代の儒学者「王陽明」は「知は行の始めなり、行は知の成るなり」と語っています。
 もう少し分かりやすく言えば「知識は行動を始めるきっかけであって、実践の中で活かされることではじめて、その知識を本当の意味で体得できる。そして、その知-行を繰り返していくことで成長が図られる」と表現できます。

つまり、仕事の中で具体的に使うシーンが想定されていない教育は、それが、どんなに素晴らしい知識や技能であっても、業務の中で実際の効果をあげることはないということです。

以上、社員教育の効果を高める視点について、脳の性質を踏まえながら説明してきました。

要点を纏めると、次のようになります。
 ・教育する側、受ける側の能力の影響を最小化し教育効果を高めるためには、「教育」に加え「教育する仕組み」を整備する必要がある。

・Output(業務)に紐づけできていないInput(教育)は、実際の効果に殆ど繋がらない。

先ほど、脳は筋肉を鍛えるのと同じだと話しました。体を効果的に鍛える時と同様に、教育についても、その効果を高めるためには、「具体的な場面(目的)設定」と、「適切な訓練メニュー」、「訓練を提供する適切な順番とタイミング」が必要となります。いわば、教育の仕組み、教育システムです。

教育することばかりに囚われると、これらの仕組みを整備することを見落としがちになります。

貴社では、社員の能力を業務の中で十分に活かすための、教育システムが整備されているでしょうか?